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体のほとんどを濃い色の布で覆った忍者の男が、横に立つ竜騎士の女に声をかけた。戦闘中上げられる顔面鎧は今は下ろされ、秀麗な美貌を外気に晒している。
「唐突だな」
言葉の割に表情は全く変えずに女が返す。男が顔布を外して小さく笑った。
「あはは。でも前から考えてはいたんだよ。まあ、今の仲間との旅も、楽しいから好きなんだけどね」
「私も別に、嫌いじゃない」
「ハル君達と旅を始めてから色々あったしねぇ。色々っていうか、どれも割と無茶苦茶だったけど」
「一番冷静に戦略を立てるのはあいつだが、一番無茶な戦略を立てるのもあいつだからな」
「言えてる」
言って、パーティーのリーダーとも言える白魔道士の青年を思い浮かべる。今は、相棒の格闘家の青年と、もう一人のパーティーの仲間であるアイテム士の少女、それと、彼らの雇い主たち一行と一緒に仮眠をとっている。
酷く繊細なように見えるかの青年は、その儚げな容貌とは相反して実はかなり過激なところがある。戦闘前にラバーシューズを履かされて、戦闘開始と同時に問答無用で算術でサンダガを放たれた時には、流石の彼も驚いた。相棒の女性も、珍しく驚きを表情に表していたくらいだ。
その時の事がありありと思い出されて、男は再びくすりと小さく笑みを浮かべた。
「僕が竪琴を弾いて、君がそれに合わせて踊って、それで暫くは生計を立てられると思うんだけどな」
「……悪くはない。が」
女性の言わんとすることは多分、自分の考えていることと同じだろうと思い、男はもう一度声を立てず笑った。
「退屈な生活だ。3日で飽きるだろうな」
「あはは。だよねぇ」
そろそろ、不寝番も交代の時間だ。
ちょうど右斜め後ろ辺りから声をかけられたような気がして、青年は若干歩調を緩めた。年頃は17,8。精悍な顔立ちをした青年。体の動きを妨げない最低限の装備は格闘家のそれだ。
数歩歩いて立ち止まると、青年は後ろを振り返った。辺りには様々な服装をした人間が入り乱れる。ここ戦士斡旋所では、傭兵としての仕事を探す者や徒党を組んで酒場の仕事を探そうとする冒険者達が数多く集まっていた。
「そうそう、格闘家とおぼしきそこのあなたです」
先程と同じ声が聞こえたので、青年は的確に声の主の方へと視線を向けた。
柔らかな面立ちの青年が彼の元へと歩みよってくるところだった。年の頃は恐らく彼と同じくらい。彼の固い紺青の髪とはまるで違う、細い伽羅色の髪がさらりと揺れる。所謂優男、といった容貌の青年だ。身に纏っているのが白い法衣であるのを見ると、青年が白魔道士であろうことがわかる。
格闘家の青年の目の前にまで歩み寄ると、白魔道士はにこりと人好きのする笑みを浮かべた。
「突然ですが、魔道士と組んでみる気はありませんか?」
台詞と同じく突然だった。
***
無茶苦茶な戦いをする。
白魔道士の青年――ハルと旅をするようになって彼、ツヴァイが最初に抱いた感想はそれだった。
戦闘の前に突然ラバーシューズを履けと言われ訝しみながらもそれに従うと、戦いが始まった途端、ハルはサンダガをぶちかました。白魔道士だとばかり思っていたので、まずとにかく驚いた。
いや、白魔道士ではあったのだ。ただ、その傍らで彼がそれとは別の技能もまた身に着けていただけであって。
ツヴァイは魔道のことには詳しくなかったのだが、様々な魔道士の術を魔力を使うこともなく、それも短い詠唱だけで使える、そんな技能があるらしい。ほとんど反則だと思うのだが、本人曰く色々と制約があって、それはそれで面倒なのだそうだ。詳しく聞いてもわかるとは思えなかったので、聞かなかったが。
聞いたところハルは魔道士を専門にやっていたらしいのだが、それにしては好戦的なようにも思える。自身の魔法で、あるいはツヴァイの攻撃で瀕死になった魔物がいれば、率先して杖で殴りに行くし。それも魔道士の割には強い。魔力を高める緑色の宝玉が嵌った杖で、殴るのだ。
魔道士一筋の癖に、いつの間にかツヴァイの格闘家の技能である『カウンター』まで覚えてるし。ツヴァイもいくつか魔法を教えてもらったが、元々魔力はあまりないし、回復も攻撃も自身の能力の方が使いでがいい。
とにかく無茶苦茶なやつだった。ハルという青年は。
こいつと関わって、後々更に無茶苦茶な戦いに巻き込まれることを、ツヴァイはまだ知る由もなかった。
「……天空を満たす光、一条に集いて 神の裁きとなれ」
少年は杖を翳し、短く詠唱した。
天を裂き迸る閃光。光が視界を覆い尽くした後、遅れて音が轟き空気が揺れる。
伽羅色の髪が風に揺れ、白い法衣が翻った。
次瞬には光は収まり、後には黒く焼け焦げた大地が広がる。
少年は息を吐いた。
「……少しくらい戦ってくださってもいいんじゃないですか?」
「うるせぇよ。ちゃんと手伝ってやっただろうが」
少年は肩越しに後ろを見やると、岩に腰掛ける男に言った。
男はさも面倒臭そうな声音で返す。
男の手が脇に抱えた竪琴を掠め、ぽろんと意味を成さない音が奏でられる。
詩人の装備をした男は、しかし詩人というにはほど遠い鋭い瞳で少年を見据えた。
「ちゃんと速さも魔力も上げてやっただろうが。そこまで膳立てされときながら一人で戦えないだなんてぬかすほど、軟な鍛え方した覚えはねぇよ」
「そりゃ、そうですけどね」
傲岸不遜名男の台詞に、少年は小さく息を吐いた。
どうやらこれ以上言っても無駄なようだ。
「で、これ。どうしますか?」
少年は再び前に視線を戻した。
視界いっぱいの焼け野原。所々に転がる、炭の塊、もとい焼死体。まあ、言ってしまえば元人間。
「ほっとけ。お前が呼んだ雲がそのうち流すだろ」
見上げれば、呪文に呼び寄せられた雨雲が、今にも泣き出しそうなほど暗く空を覆っていた。
逃げることは悪いことではありません。
その後どうするかが大切なのです。
貴方は一度全てを投げ出しました。
今の貴方はまっさらな貴方です。
だから貴方は貴方が正しいと思う道を選べばいいのです。
この世界に絶対の正義などありません。
誰かが笑うその隣で誰かが泣いているのです。
それでも貴方が目の前にいる人だけでも守りたいというのなら、
それを最後まで貫き通してください。
どうか貴方の正しい道を失くさないでください。
私が死んだら
どうか
私の骨を地面になんか埋めないでくれ
昏く冷たい土の中では
君の声が聞こえない
君の顔が見えない
だからどうか
君のその美しい
真紅の炎で灼き尽くして
骨まで砕いて灰と共に
この白い空気に溶かしておくれ
そうすれば
たとえ君に逢うことはできなくとも
私はいつでも君の傍に居られるから